第12講 M&Aで会社を売る前に セカンドオピニオンを求めるべき理由
M&Aで会社を売る前に
セカンドオピニオンを求めるべき理由
M&Aで会社を売却する場合、提示された価格、仲介会社の説明、買い手の条件に違和感を覚えることがあります。 その違和感を無視して、早く成約させることを優先してしまうと、経営者が人生をかけて育てた会社を、本来より不利な条件で手放すことになりかねません。
会社売却は、一度クロージングすれば簡単にやり直せない重大な経営判断です。 納得できない点があるなら、現在依頼している仲介会社とは別の専門家に、セカンドオピニオンを求めるべきです。
目次
M&Aの現場では、売り手経営者と買い手企業の間に、圧倒的な情報格差があります。 買い手企業にはM&Aに慣れた担当者、財務担当者、弁護士、会計士、外部FAがついていることが多い一方、売り手のオーナー経営者にとっては、一生に一度の経験であることも珍しくありません。
だからこそ、価格、契約条件、経営者保証、表明保証、補償条項、従業員処遇、PMI方針に納得できない場合は、第三者の専門家に意見を求めることが重要です。
1. M&Aで会社を売る価格 — バリュエーションには複数の考え方がある
1-1. M&Aにおける企業の適正な取引価格とは?
バリュエーションとは、企業価値または株式価値を算定することです。 M&Aは、売り手と買い手の合意によって成立する会社や事業の売買ですので、最終的な価格は、当事者間の交渉によって決まります。
したがって、バリュエーションで算出された価格を、買い手が常にそのまま支払うわけではありません。 反対に、売り手が「この価格以上でなければ売らない」と主張することもあります。
買い手がどうしてもその会社を取得したいと考えれば、価格は上がります。 一方、売り手が健康上の理由、後継者不在、資金繰り、株主間問題などで売却を急いでいれば、価格は下がりやすくなります。
ただし、売り手も買い手も、合理的な価格の目安を無視して交渉を進めることはできません。 その目安を整理するために行うのが、バリュエーションです。
1-2. 中小企業M&Aでよく使われるバリュエーションの考え方
中小企業M&Aで使われる代表的な評価方法には、以下のようなものがあります。 なお、原稿で混在していた「時価純資産法財務デューデリジェンス」「DCF法法務デューデリジェンス」といった表現は、評価方法とデューデリジェンス項目が混ざっているため、ここでは正しく整理します。
資産と負債を時価に近い形で評価し、純資産を基礎に企業価値を考える方法です。 中小企業M&Aでよく使われます。
将来キャッシュ・フローを現在価値に割り引いて企業価値を算定する方法です。 成長性の高い企業や投資案件で重視されます。
EBITDAに一定の倍率を掛けて企業価値を算定する方法です。 買い手企業や投資ファンドの実務で多く用いられます。
1-3. 時価純資産法
時価純資産法は、会社が保有する資産から負債を差し引いた純資産を基礎に、企業価値を考える方法です。 過去から積み上げてきた資産、土地建物、設備、金融資産、在庫、債権、負債を整理し、必要に応じて時価評価を行います。
歴史のある中小企業、資産を多く持つ会社、安定した事業基盤を持つ会社では、時価純資産法が重要な評価軸になります。 ただし、純資産だけでは、ブランド、顧客基盤、技術、従業員、将来収益力といった無形価値を十分に評価できない場合があります。
1-4. DCF法
DCF法とは、Discounted Cash Flow法の略で、会社が将来生み出すキャッシュ・フローを、一定の割引率で現在価値に引き直して企業価値を算定する方法です。
将来の成長性を評価しやすい一方で、事業計画、成長率、利益率、投資額、運転資金、割引率、継続価値の設定によって、算定結果が大きく変わります。 そのため、買い手と売り手の間で、前提条件をめぐる議論が起きやすい方法でもあります。
日本の中小企業M&Aでは、DCF法は重要な参考指標になりますが、将来計画の不確実性が高い場合、単独で価格を決める方法としては慎重に扱う必要があります。
1-5. EBITDA倍率法
EBITDAとは、Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortizationの略で、利払い前、税引き前、減価償却前の利益を意味します。 実務上は、営業利益に減価償却費を加算する形で簡便に把握されることもあります。
買い手企業や投資ファンドは、 「この会社はEBITDAの何倍までなら買えるか」 という考え方で買収価格の上限を判断することがあります。
例えば、EBITDAが1億円の会社を、EBITDA倍率5倍で評価する場合、企業価値は概算で5億円となります。 ただし、実際の株式価値は、ここから借入金、現預金、運転資金、設備投資、役員報酬の正常化、オーナー経費、簿外債務などを調整して検討されます。
2. 買い手企業と仲介会社の力学を理解する
M&Aのバリュエーションは、一見すると数式で客観的に決まるように見えます。 しかし、実務では、数式の前提条件をどのように置くかによって、算定結果は大きく変わります。
DCF法であれば、売上成長率、営業利益率、運転資金、設備投資、割引率、継続価値の設定によって結果が変わります。 EBITDA倍率法であれば、どの利益を正常収益力と見るか、何倍を適用するか、借入金や余剰現預金をどう調整するかによって結果が変わります。
買い手企業は、一般にM&Aの経験値を持っています。 経営企画部門、財務部門、外部FA、弁護士、会計士が関与し、価格を抑え、リスクを契約に織り込み、買収後に利益を出すことを前提に交渉します。
一方、売り手のオーナー経営者は、M&Aが初めてであることが多く、買い手側の前提や計算ロジックを十分に検証できないまま、提示価格を受け入れてしまうことがあります。
仲介会社にも、成約を急ぎたい力学がある
M&A仲介会社は、一般に成約時の成功報酬を収益の中心にしています。 そのため、仲介会社の担当者には、売り手と買い手の条件差を調整し、早期に成約へ進めたいという力学が働きます。
もちろん、誠実な仲介会社であれば、売り手・買い手双方にとって合理的な条件を整えようとします。 しかし、売り手側が価格や契約条件に強い疑問を持っているにもかかわらず、成約を急ぐ説明ばかりが続く場合には、注意が必要です。
- 買い手の提示価格の根拠が十分に説明されていない
- バリュエーションの前提条件が開示されていない
- 他の買い手候補と比較する機会がない
- 仲介会社が「今決めないと破談になる」と急がせる
- 経営者保証、補償条項、表明保証のリスク説明が薄い
- 成約後の従業員処遇やPMI方針が曖昧である
このような場合、売り手経営者は、現在の交渉を止める必要まではありません。 しかし、別の専門家にセカンドオピニオンを求め、価格と条件の妥当性を確認すべきです。
3. 売り手にとって、売り急ぎは禁物
M&Aで最も避けるべきことは、売り手側が「早く売らなければならない事情」を買い手に見透かされることです。
後継者不在、社長の健康不安、資金繰り、親族間の株式問題、金融機関対応、従業員承継の不安など、売り手側には売却を急ぎたい事情がある場合があります。 しかし、その事情が買い手に伝わると、価格交渉や契約条件で不利になりやすくなります。
会社の売却価格は、バリュエーションだけで決まるのではありません。
売り手が売り急いでいるかどうかによっても、大きく変わります。
会社は、経営者が人生をかけて育ててきた資産であり、従業員、取引先、顧客、金融機関との関係を含む社会的な存在です。 その会社を、買い手と仲介会社のペースだけでスピーディに売却してしまうことは、後悔につながる可能性があります。
売り手経営者は、売却価格だけでなく、以下の条件も含めて総合的に判断すべきです。
- 譲渡価格と支払条件
- 従業員の雇用維持
- 取引先・顧客との関係維持
- 社名・ブランドの扱い
- 経営者の退任時期と引継ぎ期間
- 経営者保証の解除または移行
- 表明保証・補償条項の範囲
- 買収後のPMI方針
「早く決める」ことよりも、「納得して決める」こと。 これが、売り手側のM&Aで最も重要な姿勢です。
4. M&Aアドバイザリーを行う経営コンサルティング会社に、セカンドオピニオンを求める
売り手経営者が、提示された価格や条件に疑問を持った場合には、M&Aアドバイザリーを行う経営コンサルティング会社、FA、会計士、弁護士などに、セカンドオピニオンを求めることが有効です。
セカンドオピニオンでは、現在の仲介会社や買い手を否定することが目的ではありません。 売り手経営者が、納得して判断できるように、価格、契約条件、交渉プロセス、リスクを客観的に確認することが目的です。
仲介とFAの違い
M&Aの支援形態には、仲介とFAがあります。 仲介は、売り手と買い手の間に立ち、双方の条件調整を行う形態です。 FAは、原則として売り手または買い手の一方に立ち、その依頼者の利益を重視して助言する形態です。
日本の中小企業M&Aでは仲介が広く行われていますが、売り手経営者が価格や条件に不安を感じる場合には、売り手側の立場から助言できるFAや経営コンサルタントに相談する意味があります。
時価純資産法、DCF法、EBITDA倍率法などの前提を確認し、提示価格の合理性を検討します。
表明保証、補償条項、経営者保証、クロージング条件など、売り手側のリスクを確認します。
専任契約、候補先管理、情報開示、DD対応、独占交渉権の扱いを確認します。
株式会社URVプランニングサポーターズでは、M&A仲介だけでなく、売り手側または買い手側のアドバイザリー、M&Aセカンドオピニオン、成約後のPMI支援も行っています。 経営コンサルティングを本業とする立場から、会社を売ること自体を目的にするのではなく、経営者にとって最も合理的な選択肢を整理します。
5. 納得できない場合は、専任契約を見直す勇気も必要
セカンドオピニオンを受けた結果、現在進めているM&Aに納得できない場合には、一度立ち止まる勇気も必要です。
M&Aは、基本合意を締結しても、デューデリジェンスを受けても、最終契約を締結しても、クロージングが完了し、譲渡代金が入金されるまで、最後まで何が起こるか分かりません。
もちろん、無責任に交渉を破談にすべきではありません。 しかし、売り手経営者が大きな疑問を抱えたまま、仲介会社や買い手のペースでクロージングまで進んでしまうことは避けるべきです。
専任契約の更新を見直す
M&A仲介会社やFAとの専任契約には、契約期間が定められているのが一般的です。 期間満了時に自動更新するのか、更新しないのか、途中解約が可能なのかは、契約書で確認する必要があります。
原稿では「最長でも6か月で解約できる」とされていましたが、これは一律の法定ルールではありません。 実際には、契約書の定め、専任期間、中途解約条項、自動更新条項、テール条項によって結論が変わります。
- 専任契約の期間は何か月か
- 自動更新条項があるか
- 中途解約ができるか
- 解約時の違約金や費用精算があるか
- 契約終了後も成功報酬が発生するテール条項があるか
- 候補先情報の扱いはどうなるか
- 秘密保持義務は契約終了後も継続するか
もし、現在の支援者の説明に納得できない、買い手候補の選定に疑問がある、価格交渉が不透明である、契約リスクの説明が不足していると感じるなら、専任契約の更新前に、必ずセカンドオピニオンを受けるべきです。
M&Aは、事業承継や企業成長にとって重要な選択肢です。 しかし、選択肢の一つであって、必ず実行しなければならないものではありません。 売り手経営者が納得できないM&Aは、一度立ち止まるべきです。
会社を売るかどうかを決めるのは、仲介会社でも買い手でもありません。
最後に決めるべきなのは、会社を育ててきた経営者自身です。
成長企業M&Aサービスのご紹介
強い成長を目指す企業と、投資によって新規事業参入を目指す企業を、資本提携・M&Aの手法で結びます
成長企業M&Aとは、成長期にあるベンチャー企業・中小企業と、投資企業・事業会社を結び、企業の飛躍的成長を実現するために、M&A、資本提携、マイナー出資、事業提携などを組み合わせる手法です。
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